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インテグリティ(Integrity,≒高潔、誠実、真摯)の意味を掘り下げる ― リーダーの資質

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インテグリティという言葉は、経営学者ドラッカーが、著書の中で、「インテグリティを絶対視して初めてまともな組織と言える」などと指摘したことなどから、ビジネスにおいて、重要な要素であることはよく認識されてはいる。ビジネス、リーダーシップ、マネジメントに関わる者が、まずもって理解すべき概念といえる。

日本語訳の際は、高潔さ、誠実さ、真摯さ、などと訳されるのであるが、それらも完全にふさわしい訳とは言えないので、ここで明確に意味を定義しておきたいと思う。

しかし、ドラッカー本人も、このインテグリティを定義することは難しいと言っている。
英語の辞書で見ると、

Integrity(名)(不可算名詞)

1.高潔,誠実,清廉
a person of integrity(高潔な人、人格者)

2.完全な状態、無傷

relics in their integrity(完全な姿の遺物)

語源:ラテン語「健全、完全」の意 INTEGER 参照

(『研究社 新英和中辞典』より)

上記、
1番は、道徳的・倫理的な意味での完全さ、といったニュアンス。
2番は、より物理的な意味での完全さ、欠けていないという意味の完全さを意味している。

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語源的には、2番の物理的な意味がより基本にあり、1番の道徳的・倫理的な意味はどちらかといえば派生したもののように思われる。
(なお、マネジメントの視点からいえば、経営部、マネージャー、各スタッフにおける、1番のintegrity(高潔さ、誠実さ)の退廃が、2番の組織としてのintegrity(完全性、結束、形態そのもの)の崩壊をもたらしていく、というのも、重要なポイントである, 注1)

integrity という語形は、integer(ラテン語で、「手に触れられていない」の意味) + ity (抽象名詞を作る語尾)であり、

integer を分解すると、
in- は、ラテン語において否定を表す意味があり、英語での un- に相当する。
teg- は、英語で touch に相当する意味を持ち、
er は、形容詞化する語尾

ということになる。

つまり、触れられていない状態、傷ついていない状態、欠けていない状態、といった原義を持つわけである。
1番の道徳的・倫理的な意味も、ラテン語として古くからあるようである。

日本人にとって多少なじみのある同根の語としては、
数学の積分で使う記号、インテグラル(integral)がある。左側にある、 f に横棒がない記号ですね。

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integral には、他の意味として、an integral part(完全になるために無くてはならない部分)といった感じで、「(完全になるために)不可欠な」といった形容詞としての意味などもある。
「積分」のことを、英語で integration という。ある範囲を積分するということは、その範囲の値を、隅から隅まで集めて、完全な統一体としての面積や体積を求めるということであるから、この用語が使われているのだろう。

また先ほどの、integer は、英語の意味としては、
名詞であり、「完全体」や、いわゆる「整数(-2,-1,0,1,2,3…)」を意味する。
このような概念である英語の、Integrityは、(倫理的な意味で使われる場合、)どちらかといえば「倫理的な完全さ」といったニュアンスであり、日本語の「高潔さ」「誠実さ」「真摯さ」と、意味合いとして共通する部分はあるが、根本的に少し違っているようである。

あえていえば、「触れられていない」というニュアンスが、高潔さの「潔い(きよい)」という概念と重なるかもしれない。

 

 


少し長いが、ここでドラッカーのインテグリティに関する説明箇所を引用し、彼の概念を確認しておく

インテグリティを絶対視して、初めてまともな組織といえる。…インテグリティは、とってつけるわけにはいかない。すでに身につけていなければならない。ごまかしがきかない。とくに働く者、特に部下に対しては、インテグリティがあるかどうかは2,3週間でわかる。無知や無能、態度の悪さや頼りなさには、寛大たりうる。だが、インテグリティの欠如は許さない。決して許さない。彼らはそのような者を、マネジャーに選ぶことを許さない。
インテグリティの定義は難しい。だが、マネジャーとして失格とすべき、インテグリティの欠如を定義することは難しくない。
①強みよりも弱みに目を向ける者を、マネジャーに任命してはならない。できないことに気づいても、できることに目のいかないものは、やがて組織の精神を低下させる。
②何が正しいかよりも、誰が正しいかに関心を持つ者をマネジャーに任命してはならない。仕事よりも人を重視することは、一種の堕落であり、やがては組織全体を堕落させる。
③インテグリティよりも、頭のよさを重視する者をマネジャーに任命してはならない。そのような者は人として未熟であって、しかもその未熟さは通常なおらない。
④部下に脅威を感じる者を昇進させてはならない。そのような者は人間として弱い。
⑤自らの仕事に高い基準を設定しない者もマネジャーに任命してはならない。そのような者をマネジャーにすることは、やがてマネジメントと仕事に対するあなどりを生む。
知識もさしてなく、仕事ぶりもお粗末であって判断力や行動力が欠如していても、マネジャーとして無害なことがある。しかし、いかに知識があり、聡明であって上手に仕事をこなしても、インテグリティに欠けていては組織を破壊する。組織にとってもっとも重要な資源である人間を破壊する。組織の精神を損ない、業績を低下させる。
(『マネジメント 基本と原則 エッセンシャル版』p147, P.F.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社)
(訳文の「真摯さ」を、原文の「インテグリティ」に戻して表記している)

 

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また、もう少し倫理的な面で踏み込んだ定義をしているものとして、

ロングマン現代英語辞典(Longman Dictionary of Contemporary English)では、Integrity を以下のように定義している。

the quality of being honest and strong about what you believe to be right.

(自分が、正しいと思って(信じて)いる事柄について、正直であり、強くある状態のこと。)

 

上記の概念を簡単にまとめると、インテグリティは、自分自身、会社全体、社会全体に対して、隅々まで完全にきちんと向き合い、それらにとってベストであると思うことを、正直に推し進める、といった意味といえる。

より踏み込んだ、シンプルな定義も可能なのだが、興味のある方は、ご質問下さい。

 

また、「完全さ」という概念から、それは、少しでも汚されたら、おそらく一気に損なわれてしまいかねない性質を持つものであり、それを維持するためには、日々の、「真摯」で「誠実」な取り組みが必要であるということも、指摘しておく必要があるだろう。

 

リーダーとミーティング

 

最後に、日本語に訳される際につかわれる、「高潔」「誠実」「真摯」の意味についても、一応確認しておこう。なお、品詞としては、どれも形容動詞であり、また「さ」をつけて名詞となる。

高潔:
利害損得を気にせず、りっぱな考えを持って、はっきりした行動をとるようす(三省堂国語辞典第五版)
人格が気高く、私利私欲に心を動かされないこと。(明鏡国語辞典)
けだかくりっぱで、けがれのないこと。(岩波国語辞典第六版)
常にきびしい態度で自らを律し、他から尊敬される様子(新明解国語辞典)

「高」=精神的な高さ。「潔」=きよい、いさぎよい。ワイロなど、泥臭い誘惑に影響されない、スジの通った精神的な「高み」と、道徳的な汚れを寄せ付けない「きよさ」を、主たる概念としている。これを単に、独善的な、道徳的潔癖症だと捉えると、その理念的/理想的な本質を見失う。ありのままに向き合う、かざらない精神の素直な正直さと、それゆえの自然な強さがベースにあって、成り立つ姿勢と言える。例:高潔な人格

誠実:
私利私欲をまじえず、真心をもって人や物事に対すること。(デジタル大辞泉)
まごころがある様子。まじめ。(三省堂国語辞典)
言動にうそ・偽りやごまかしが無く、常に自分の良心の命ずるままに行動する様子(新明解国語辞典)
まじめで、うそをついたりしないこと。まごころをもって相手のことを考えながら行動すること(例解新国語辞典・三省堂)

「誠」(まこと)なる心をもって、「実」=現実=リアルなものに直接的に向き合い、行動でそれを示す態度。誠なる心とは、やはり、ありのままに向き合う、かざらない精神の素直な正直さと、それゆえの自然な強さを伴った姿勢といえる。例:誠実な人

真摯:
まじめで熱心なこと。(デジタル大辞泉)
まじめで、ひたむきなさま。(岩波国語辞典)
他事を顧みず、一生懸命やる様子。まじめ。(新明解国語辞典)
心をこめて、ものごとにうちこむまじめさがある。(例解新国語辞典)

「真」(まこと)≒「誠」(まこと)。「摯」は、「しっかり手につかむ」という意味。誠実とかなり近い。が、「熱心さ」の概念が、「真摯」の方には、より入っているようである。なお、一般の新聞記事用語としては「真摯」は使われず、「誠実」に表記を変えられてしまうようである。例:真摯な人格、真摯な姿勢、真摯に取り組む

ところで、上記の「誠実」と「真摯」の定義の中で出ている、「まじめ」という概念には、やや独善的な道徳的善悪観への囚われが含意される場合がある。そして、まわり全体が見えておらず、融通がきかない偏狭さや、柔軟でない心の状態というものを含意する場合がある。そのニュアンスは、「高潔」「誠実」「真摯」のどれにも、伴いうる。

しかし、純粋に、理想的な状態を説明する場合においては、これらの単語が意味するところには、そういった偏狭さは含まれておらず、インテグリティが示しているように、まんべんなく、もれなくトータルに状況を冷静に把握した、透徹して無限に広がる理性をベースにしていると考えるべきである。

(文責・藤枝)

注1) Personal Integrity Course, p 243 当校教材より

 

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藤枝 貴志

藤枝 貴志

広島大学総合科学部卒、同大学院社会科学研究科修了(学術修士)。専門は比較哲学で、心理学、歴史など広範に学ぶ。カウンセラー育成指導を7年、受験指導、営業、商社勤務などののち、当校で講座を担当。~詳しいプロフィール~ ~講師の講座を受講~

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